





アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域 | |||
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![]() アムステルダムのシンゲル運河の内側にある 17世紀の環状運河地域 |
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アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域とは
「北のヴェネツィア」と呼ばれる都市のひとつであるオランダの憲法上の首都アムステルダムは、
100km 以上の運河と、約90の島々、そして1500もの橋から成り立っている。
3つの主要な運河であるへーレン運河 (Herengracht)、プリンセン運河 (Prinsengracht)、ケイザー運河 (Keizersgracht)
は、いずれもオランダが黄金時代を迎えていた17世紀に掘られたもので、都市の周りを同心円状にめぐっている。
それらは「グラクテンゴルデル」(grachtengordel, 直訳は「運河のガードル」)として知られ、主要な運河沿いには実に1550もの記念建造物群が存在している。
ヘーレン運河、プリンセン運河、ケイザー運河、ヨルダーン地区などを含む17世紀の環状運河地区は、2010年にUNESCOの世界遺産リストに登録された。
アムステルダムの運河システムの多くは、都市計画の優れた産物である。
アムステルダムは、オランダ独立戦争を境に没落していったアントウェルペンに代わり、16世紀末以降、国際的な中継貿易の拠点となっていった。
ヨーロッパ商業の変化に適応するとともに、ジェノヴァに代わって国際的な金融市場の機能も備えて急成長したアムステルダムの人口は、3万(16世紀末)、10.5万(1622年)、22万(1660年
- 1670年)と急増していった。
そうして17世紀初頭に増大した移民に対応することと防衛上の観点から、アイ湾を終端とする4つの主要な半円状の運河を含む包括的な都市計画が立案された。
グラクテンゴルデル ("grachtengordel")として知られる3つの運河、
すなわちヘーレン運河、ケイザー運河、プリンセン運河は主として宅地造成のためのもので、
一番外側のシンゲル運河は防衛と水利のために建造された。
半円状の運河群は相互につながっており、
ヨルダーン地区 (Jordaan) ではビールなどの物資の運送にも使われる運河群が重なっている。
また、本来防衛目的だった境界線のシンゲル運河も、住宅や商業発展の目的に転用されて今に至る。さらに、運河群には100以上の橋が架かっている。
アムステルダムのシンゲル運河の内側にある17世紀の環状運河地域
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