シュパイアー大聖堂

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シュパイアー大聖堂とは
シュパイアー大聖堂は、
ドイツの都市シュパイアーに聳える赤い砂岩でできた巨大なバシリカ式聖堂である。
その正式な名称は「聖マリア・聖ステパノ大聖堂」だが、
しばしばシュパイアーの皇帝大聖堂(Kaiserdom zu Speyer)とも呼ばれる。

廃墟となったクリュニー修道院とともに、
シュパイアー大聖堂はロマネスク様式最大級の聖堂である。
1981年に大聖堂はユネスコの世界遺産に登録された。

シュパイアー大聖堂の歴史
この大聖堂はコンラート2世が自身の永眠の場所として建造するよう命じたもので、
1030年から1061年にかけて建造された。

のちには、さらに7人の神聖ローマ皇帝、
ドイツ王たちやその妻の幾人か、そして多くの僧侶たちが葬られた。
皇帝たちや王たちの墓石は、元々は聖餐台正面の中央通路に位置していたが、
長い年月の間に正確な位置についての知見は失われていた。

1900年になって一大発掘計画が実行され、墓所が発見され、開かれた。
そこで発見された中身のいくつか、つまり服飾品などは、
大聖堂近くのプファルツ歴史博物館で見ることができる。

皇帝や王たち、そして幾人かの妻たちの修復された柩は、
1906年に聖餐台の地下に建設された地下聖堂(Krypta)に安置しなおされており、
一般にも公開されている。





シュパイアー大聖堂は、ルイ14世の配下の兵士たちによって、
1689年に焼かれ、無残なありさまになった。

1772年から1784年に修復され、前庭とファサードが付け加えられたが、
1794年にまたしてもフランス軍によって荒らされた。

これに対し、1846年から1853年にかけて、もう一度修復が行われた。
このときの修復はフレスコ画で内装を飾ることなども含めた徹底的なもので、
バイエルン王ルートヴィヒ1世が出資した。
1961年には創建当時の姿に戻す修復工事が行われた。

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